ストーリー

夫を事故で失ったシネは、幼い息子ジュンを連れて夫の故郷である地方都市、蜜陽(ミリャン)へ移り住んできた。途中、車が故障し修理業者のジョンチャンと出会う。

ジョンチャンはシネに一目ぼれし、彼は何かと世話を焼くが、シネは相手にしない。

しかしある日、ジュンが行方不明となる。

感想

イ・チャンドン監督は『オアシス』や『ペパーミント・キャンディ』等とても大好き。

本作は特にチョン・ドヨンがカンヌ女優賞を受賞したということで、以前から見たかったのだけれど、配信になかなか上がってこなかった。

少し前、ついにU-NEXTで見放題になったので鑑賞。

ちなみに見るのが遅くなったのは、こういう心理的にきそうな映画は調子のいいときにしか見られないからだ。

夫を亡くし、都会に疲れたチョン・ドヨン演じるシネが、息子とともに田舎で人生のやり直しを図ろうと引っ越してくる。
たぶん夫の実家というのはただのきっかけに過ぎず、静かな場所ならどこでもよかったのかもしれない。

密陽(ミリャン)という漢字を直訳して「シークレット・サンシャイン」。町の名前はとても素敵。
「ソウルは嫌い。ここは私のことを誰も知らないから好き」
と語っていたシネ。

けれど、そこは狭い田舎。やがて不本意ながら町一番の有名人になってしまう。

シネに一目惚れした冴えないおっさん、ソン・ガンホ演じるジョンチャンと出会えたのは、不幸中の幸いだった。

俗物ばかりのおっさんの中で、意外にも誠実なジョンチャン。とにかく健気さが可愛い。

そして弁論塾の塾長、チョ・ヨンジン。

彼は一見誠実そうで、実はヤバい人という役が多いので、登場しただけで怪しく見えてしまう。

あまりにも展開が怖くて、つい先にあらすじを見てしまった(苦笑)。

その後はきつくて、再生をストップし、何日も見られない期間が空いてしまった。

というかもう映画鑑賞という趣味自体をやめようかと思ったくらい。

可愛いジュンが……。シネの心境と同化してしまう自分。

ただ、残酷な場面や胸糞悪い展開があまりなかったのは少し救いだった。

耐え難い苦痛を受けながらも、生きることを強要される残された人間の心に、宗教が入り込むのは容易いこと。

事件の前には少しうっとうしく思っていた薬局夫婦の勧誘を、シネは受け入れる。

日本の場合、宗教に熱心だと「ヤバい人」という印象も持たれがちだけれど、個人的には信仰心がある人のほうが良い人の割合が高い傾向にあるのではと思っている(もちろん例外はある)。

なぜなら最後の審判や地獄行き、天罰などを恐れているから。

韓国には立派な教会がたくさんある。自分も駅前などで信者が合唱しているのをよく見た。明らかに日本よりキリスト教が普及している。

ただ、ジョンチャンの友達が冷笑していたように、信仰心のない人が冷ややかに見ているのも確か。

とはいえ「宗教を信じている人=ヤバい人」という偏見は、日本より少ないのではと思う。

日本でお寺や神社に対して偏見がないのと同じで、要は「見慣れ」の問題だろう。

劇中で「キリスト教になれば祭祀(チェサ)をやらなくて済む」というセリフもあった。たぶんそれも大きな影響だと思う。
自分の韓国人の友達、金持ち長男の嫁は「祭祀は地獄だ」と言っていた。

もちろんそんな俗物的な動機で宗教を決めるのは安易だけれど。

だが、解決法のない絶望から救われるには、神のような存在を信じるしかないとも言える。
シネはそれによって悲しみから救われ――いや、むしろ信仰で心をマヒさせた、というのに近いかもしれない。

それは犯人パクも同じで、彼も心底の悪人ではなかったがゆえに反省し、神に赦しを求め、魂の救済を得た(と思った)。

救われたかどうか、赦されたかどうかは、キリスト教の場合、最後の審判を受けなければわからない。それは人が決めるものではなく、神が決めること。

もちろん、自分の心の中で「許された」「救われた」と思うのは自由。

だけど、シネが犯人と対面し、許すことを伝えようとしたのは悲劇だった。

つまり、それはエゴだった。自分が許すという「神の領域」を代理してしまう、恐れ多いことをしてしまった。

神は等しくすべての人を許すわけだから、当然犯人も許されたと思えたら、彼は清々しい顔になる。

シネからすれば、それは予想と違う態度――つまり反省していないように見えてしまったわけだ。

信仰にどっぷり浸かっていれば「和解」ということになったかもしれないが、シネはまだそこまで信心深くなかった。

もちろん、最愛の息子を殺された母が冷静に信仰心で完全に許すなんて無理な話。

周囲の人たちが「心で許せばいい」といったん止めたのは正しい判断だった。

最初は「密陽」という実在の地名を挙げて、こんなイヤな町に描いて大丈夫かと心配したくらいだった。

けれど実際は、シネは周囲の人に恵まれているようだと思う。

ただ、宗教で心の解決ができないと気づいたあとのシネは、完全に崩壊する。

その心理状態が本当に理解できるというか、共感できすぎてツライ。

この映画はアンチキリスト教映画として叩かれたそうだけれど、イ・チャンドン監督はそんな意図はないと明言していたそう。
自分もそう思う。

宗教は現世ではシネを救わなかったが、教会のおかげでコミュニティには入れた。

狭くてうわさだらけのイヤな田舎だったのが、ボロボロになったシネを温かく迎えてくれる故郷になった。

性的逸脱行動をするシネに対し、薬局主人が「天が見ている」とおののいて萎えるのも、敬虔な信者らしさが出ていてよかった。

反省していない犯人については、「地獄に行く」と信じなければ理不尽さに耐えられない。それもまた信仰心あってこそ。(どんな宗教であれね)

そうじゃなくてどうやってこの理不尽な世の中を耐えて生きられるだろう。

そして何より、温かい日差しのように、常に陰ながらシネを見守り続け、そばにいてくれるジョンチャン。

彼こそが天が彼女を救うために遣わした存在だったのかもしれない。

出演者の演技は言うまでもなく、というか演技と思えずまるで現実の事件ように見入ってしまった。

序盤はきつかったけれど、頑張って見てよかった。さすがイ・チャンドン監督。

2度見るのは少しつらいかもしれないけれど、一度見ただけでも一生心に残る名作。

映画情報

2007年

原題:밀양(蜜陽)

監督:イ・チャンドン

主なキャスト

チョン・ドヨン:イ・シネ
ソン・ガンホ:キム・ジョンチャン
チョ・ヨンジン:パク・ドソプ
キム・ヨンジェ:イ・ミンギ
ソン・ジョンヨプ:ジュン
ソン・ミリム:チョンア
キム・ミヒャン:キム執事
イ・ユンヒ:カン長老
キム・ジョンス:シン社長
キム・ミギョン:洋品店の女主人

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